元ジェットの LifeTIPs

人生ベストコンディションで最大限に楽しみたい!そんな思いをコンセプトに、日々役立つTIPsを読書録・ショートエッセイとして綴っています。

「尊敬する人は誰ですか」 1/4

      2016/04/25

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就職活動をしたことのある人なら、一度は答えを考えようとしたことがあるかもしれません。
鉄板の質問ですね。
この質問を通して、その人の人となりを見極めようとするわけです。

わたしはこの質問の答えを長い間定められませんでした。
就職活動中も、便宜的に当たり障りのない答えでそれらしくはぐらかしていました。

本当のところ、だれを尊敬していいかわからなかったわけです。

世の中にどういう人がいて、
どういう偉業を成し遂げてきて、
どういう風に世の中に貢献してきたのか、
まったく興味がありませんでした。

 

まったくもって人生に何の目的も見出さずただ何となく生きてきた人間でしたから
世の中の周りで何が起こっているかなどどうでもいい話だったわけです。

 

要は、世間知らずだったわけです。

世間知らずだったわけ

これには、読書の習慣がなかったことが大きく影響しています。

読書は疑似的に外界を体験する唯一の媒体、と言っていいのではないでしょうか。

 

テレビでもいいですが、ある特定の価値観に誘導される危険性のほうが大きく、
テレビを見て人生開けた、という人はあまりいないんじゃないかと思います。
広告主が自分の商品を売り込むための媒体がテレビです。
公共の電波、とか言っていますがほとんど建前なんじゃないでしょうか、
税金で運営する国営放送でない限り、資本家の論理は必ずついて回るのは致し方ない宿命かと思います。

ところが読書は、自分でテーマを取捨選択できるし、
テレビのように人間の原始的な脳に働きかけて知能を麻痺させることがありません、
テレビは見るのに努力が要りませんが本は読むのに努力が必要です、

自分の意志など適当でもどんどん情報が入ってきてしまうのがテレビ、
自分の意志をもって明確に取り組むのが読書、
そして意思を明確に持って取り組めば得るものは大きいのです、

 

そんな読書の習慣がわたしの場合は25歳程度まで身につきませんでした。
読書をするようになってから、自分の知らない世界が見えるようになったように感じたものです。
読書をするようになる、ということは、先ほど述べたとおり何か目的意識をもって生きるようになった、ということですから
読書をしなかった時間がその目的意識をはぐくんだ、ということもできるかもしれません。
そういう意味では無駄な時間ではなかったのかもしれません。
その目的意識とは、「なんで人生こんなにつまらないのか、何とかしたい」というものでした。

 

さて、本を読むようになると、
これはすごい!
とか、
これはアツい!
とか、
こんな風になってみたい!
とか、

まさに世界が開けるようになりました。

 

そうすると、本当にこれはすごい、と思えることや人物に仮想的に巡り合え、
尊敬するのはだれか、という質問にもしっかりと答えられるようになりました。

あなたは答えられますか?尊敬する人は誰ですか

「尊敬しているのはだれか」、この質問を今一度見直してみてください、
しっかり答えられなかったり即答できなかったりしたら、
あなたは非常に狭い視野の中で生きている可能性があり、
自分の知っている世界の中から無意識に外に出ようとしていない可能性があり、
世間知らずで無知の可能性があります。

本は自分の意志で目的意思を持って取り組まなければ読めません。
例えば酒に酩酊しては決して読めません。
娯楽のための読書なら酩酊していてもいいかもしれませんが
何かを得る、新しい知識を得るための読書であれば酩酊していては決して得るものがありません。

日本人が陥る可能性のある罠

ふと思い起こしてみてほしいのですが、
なぜ、サラリーマン社会では毎晩のように飲みに行くのでしょうか。
わたしはズバリ、以下のように思っています。

サラリーマン社会では、優秀な社員というのは
言われたことに何の疑問も持たず言われたとおりに効率的にこなす人間のことである。
視野は狭ければ狭いほど良い。
視野が狭かろうが広かろうが与えた仕事だけをこなしていればそれ以上のものはいらない。
つまり奴隷であり、歯車である。
本なんか読まれてにわかに外界の知識を取り込まれて、
そのサラリーマン社会に「疑問」でも持たれたら、管理する側としてはこの上ない迷惑である。
奴隷の生産性が落ちるし、歯車の性能が落ちる。
時間と費用をかけて教育したのに、あわよくば「自分探し」に走って会社を辞めてしまうかもしれない。
そんなことになったら大きな損失だ。

だったら、自由時間を与えず、
付き合いの飲み会でがんじがらめにし、
本など読ませず、
常に酩酊させていればよい。
新しい知識も増えないし、
酒の席で吹き込まれる上司の説教に洗脳され
ますます優秀な奴隷、高性能な歯車として働き続けることになるし一石二鳥である。

日本が経済的に世界に追いつくためにはそういうことが本当に必要な時期もあったでしょう。
でもそれはおそらく1990年代前くらいで終わったのではないでしょうか。
そんなのをいまだに金科玉条のようにあがめているのは、少しおかしいと思います。

まぁ、これは非常に嫌味に描いたシナリオなので、
実際のところは管理する側がこのようにシステマティックに社会をデザインしているとも思えませんが、
もし実際のところはだれかが仕組んでいるのではなく、だれに言われるでもなく何となくそうなってしまっているのだとしたら
これは非常に危機的です。

大昔にできた社会の風潮が
いつのまにか人々の中で常識となり
その常識に浸りきることを是とし、
よそ者を忌み嫌うがごとくそれまでの常識を塗り替えることを忌み嫌い、
だれに言われるまでもなく「人生とはこうあるべきだ」と監視装置のような雰囲気を作り出し
互いをけん制し
社会風潮を再生産、再強化し続けている、
まさに文化の暴走、とでもいうべき恐ろしい状況です。

そしてそれが誰に仕掛けられるでもなく、
なんとなく無意識に自発的に行ってしまっているのだとしたら、
もはや我々は自分の自由を自分で制限してしまっていることになります。

自分を救うために…

そんな無限ループから抜け出したければ、
付き合いで飲みに行くのをやめ、
さっさと家に帰って読書することです。

まったく付き合いで行く会社の飲み会などは非生産的で得るものが何もなく
どこまで行っても時間の無駄です。

酒によって酩酊し上司の昔の武勇伝を聞かされたところで
次の朝には何も覚えていないし時間が無駄になっただけです。
すこしは奮い立たされるかもしれませんが酩酊して奮い立ったところで
寝て目が覚めればすべて泡と消えています。
そんなことを繰り返して意味があるのでしょうか、
われわれの人生時間は有限です。
意味のあることに使いましょう。

だから、もしあなたがサラリーマンであれば特に、さっさと家に帰って酒はなるべく飲まず読書に費やすのがいいのです。

わたしのヒーロー、ロールモデル

話戻って、わたしが読書で出会った「尊敬する人」、
わたしの人生のロールモデルとでもいうべき人について書きたいと思います。

一人は「河口慧海」、もう一人は「善財童子」です。

二人とも仏教にまつわる人です。
ちょっと前置きが長くなってしまいましたので次回の投稿で一人目、川口慧海について紹介したいと思います。


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