元ジェットの LifeTIPs

人生ベストコンディションで最大限に楽しみたい!そんな思いをコンセプトに、日々役立つTIPsを読書録・ショートエッセイとして綴っています。

座右の書 シリーズ  「フロー体験 喜びの現象学」 その1

      2016/11/07

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「フロー体験 喜びの現象学」 最高の名著

 

この本を初めて手に取ったのは、
「なんでこんなに人生つまらないんだろう」と悩み
自己啓発書をひたすら読み漁っていた時期でした。

フローという言葉は、神田正則氏の著作で以前触れた言葉がありました。
海外の最新の経営手法などに関する知識をいち早く輸入することで
知名度が高くなった人かと思います、

独立開業や企業づとめに縛られない生き方を模索していた自分は
こうして経営の分野にも行き当たったのでしょう、
どの著作か忘れてしまいましたがそこでは
「経営をフローに入れるべき」のようなことが書かれていたかと思います。

「フローってなんだ?」ぐらいにしかその時は思わず、
経営などそもそも、自分にはまだ関係ないやとそのまま読み捨てていました。

しかし、関連書籍をたどっていく過程で、またフローという言葉に行き当たったのです。




 

読書の仕方

わたしはいつも、次のようにしています。
いつだったか、別の本で「最高の投資は自分の教育への投資である」という言葉を読み、
これはすぐ実践に移しました。
「収入の10%までなら際限なく書籍に金銭を費やす」というものです。

  • 本を読む。
  • 気になった話題があれば、インターネットで検索して大まかな話題をつかむ。
  • 興味がわいたら、より詳しく書かれた本を買ってみる。

一冊読み終わって、関心が5、6個にも広がることもあり、
本を一冊読んだだけで次に読みたい本が10冊近く出てくることもあります。
こうして、自分の関心に沿って、知恵がつきそうなものを片っ端から読んでいくのです。

何事もやってみなければわからない、前回の記事でもお話ししましたね。

実際にこのようにしてみると、

-お金がないから飲みに行かなくなる
-時間があるから本を読む

という好循環スパイラルに乗ることができます。

本を読むと知識が増え、

-語りたいこと、やってみたいことが増える。
-人間的に厚みが増すので、周囲に集まる人たちの人種が変わり始める。
-それらの人はさらに高い向上心を持っているので、自分にとって新しい世界を見分することになる。
-興味が広がり、世界が開けていく。

このように、いいことづくめのスパイラルです。

流れに乗ってしまうまでは、
すぐにこのようには感じることはできないかもしれません。

 

 

しかし、やってみないことにはいつまでたってもこのスパイラルは始まりません。
動き出して、効果がすぐに出ないからとあきらめず、
しばらくその生活を続けてみることです。

本を読むということはつかれることです。
頭を使うのでラクではないし、
消耗します。

 

フローとは

さてフローの話に戻り、
フローとはいったい何なのか?

没入体験、
その行為自体に深く没頭し、それをしているときの自分はもはや存在自体に気を巡らせることなく、
行為と一体化している状態、のことのようです。

自分は学生時代に音楽サークルをやっていましたが、
難解なフレーズを楽器でうまく再現できた時や
味のあるアドリブが決まったとき、
また全体として非常に出来のいい演奏ができたときなどは
「神が降りた」と表現する友人がいました。

サッカーをやっていた知人は、
ゲームの流れでパスがめぐらされ、
自分のところに回ってきてほぼ流れるようにしてシュートを決めたとき、
もしくは自分がその一連の完璧なまでにアレンジされたかのような「流れ」の一部になったとき、
「神がかっていた」とひょうげんしていました。

 

この「神が降りる」「神がかる」、
日本人は平均的に無宗教ですから何か神を信じているわけではないと思うのですが
それでも「神」という言葉を使います。
それにはもはや論理的な説明ではなく、
むしろ「言葉で説明できることの限界」を超えたときに仕方なく使っているようにも思えます。

この、「言語レベルを超えた」一体感、没入感、
これこそがフローといえると思います。

それは本当に役に立つものなのか?
それのおかげで人生楽しくなるのか?
どのようにして再現できるのか?
こうした疑問と好奇心がわいてきました。
そして「フロー体験 喜びの現象学」を読み始めたのです。

「フロー体験 喜びの現象学」

本の構成は海外の学術書らしくいたって明快です。
第一章、二章で骨子と結論が書かれており、
以降の章でそれを詳述、証明していくというものです。

海外の訳書に触れることがあればこの構成は覚えておいたほうが良いです。
今読んでいる部分が、全体の構成の中でどういう位置づけなのか把握でき、
論理の海に迷う、つまり何言っているんだか訳が分からなくなることを防げます。

第一章では、重みのあることが連続して書かれています。

1)序章:この本がすべての解決策、こうしたらよいということを示すことは出来ない。しかし実践に移すための手引きは十分に示されているはずである
2)P2:幸福は偶然に生じるものではなく、外界をどのように認識するかによって決まる。
3)完全に社会化された人とは望むはずであると周囲の人々が考える報酬のみを追求する人
4)P11:宇宙はランダムなのではない。限りなく法則性に則っている。そして人間の幸福には無関心なのである。p11
5)P24:社会環境からの自立するために、経験の開拓をすることが必要。
6)社会の統制から我々を解放する最初の1歩は、自らの意志
7)P27:なぜ、幸福が人類の永遠のテーマなのか?

正直、これらの意味は初めて読んだときはわかりませんでした。
繰り返し読むことによって、その意味がだんだんと分かってきます。

 

1)序章:この本がすべての解決策、こうしたらよいということを示すことは出来ない。しかし実践に移すための手引きは十分に示されているはずである

これは何度も言うように、読んでるだけでは意味はない、書いてあることを実践して初めてものにできる、という気を新たにさせられます。。
実践する、行動する、やってみる、動いてみる、これが最も確実な「人生を変える」方法である、と今では確信しています。
なんでこんなことがわざわざ本の序章に書いてあるのか?
それは、人生を変えるには「やってみることを前提としている」からにほかなりません。

 

2)幸福は偶然に生じるものではなく、外界をどのように認識するかによって決まる。

これについて、わたしが人生を生きる上で一番肝になる重要な考え方が含まれています。
別の回で詳述しますが、ここでは、「人生を詰まらないと思うか楽しいと思うか、さらに言えば楽しく生きるかつまらなく生きるかも、結局は自分次第」とだけ述べておきます。

この本では、幸福というのはフロー体験をどれだけ感じれるかにかかっている、と提案しています。フロー体験というのは、没入体験のことであり、

 

3)完全に社会化された人とは望むはずであると周囲の人々が考える報酬のみを追求する人

人間は生きていく上では社会とのかかわりが欠かせませんが、
同時にわれわれは一つの個人であり、個人と社会との関係は相互的です。
お互いにフィードバックしあい、お互いを規定しあっているのです。

社会の期待するふるまい、生き方があれば、
個人として追い求めたいふるまい、生き方があって当然です。
当たり前のことですが、日本では特にこんなことにすら気づかなくなってしまうような文化的背景があります。

 

4)P11:宇宙はランダムなのではない。限りなく法則性に則っている。そして人間の幸福には無関心なのである。

わたしたちは生まれ落ちる国も親元も家庭環境も選べません、そういう意味ではランダムです。
しかし生まれ落ちてしまえば、あとは生命維持プログラムの書き込まれた遺伝子や
物理空間にあまねく広がるいろいろな法則、例えば万有引力の法則やニュートン力学といった法則にしたがいます。眠くなればおなかもすくし個体維持するための生殖本能にのっとった欲などが生まれます。
現在直面している悩みなどは法則にしたがい、自分が認識した通りに具現しているのであって、ランダムに降りかかっているわけではありません。
わたしだけこんな目に、と思うこともあるかもしれませんが、
それは相互に影響しあう社会と個人の認識のはざまである程度必然性を持って起こっています。別にあなたの不幸を狙って、もしくは幸福を妨げようと働いているわけではありません。
自分でコントロールできるところとできないところはありますが、けっしてサイコロを振るようにして出来事が決まるわけではないのです。逆に言えば、積極的にその出来事が起こる過程のサイクルに干渉し、コントロールしていくことも不可能ではないのです。

 

5)P24:経験の開拓p20 要約必要。社会環境からの自立

社会と個人、この相互関係の中で自分の人生は決まっていきます、
社会から期待されたことにのみ集中しそれを達成しようと生きても、
それが100%個人の幸せと合致するとは限りません。
周囲の期待、世間の期待、社会の期待にのみ沿って生きていると
自分の楽しみ、自分の人生の生きがいは感じることが少なくなるかもしれません。

 

6)社会の統制から我々を解放する最初の1歩は、自分の意識を自ら統制しようと思うことである。

個人の幸せ、生きがいを見つけるには、
自分の意識を社会に統制させるのではなく、
自らの意志によって統制していこうという決意である、ということを言っています。

これははじめの一歩であり、
これに気付かない限り、
また進んでそうしようと思わない限り、
主体的に幸せを感じていくことはない、といえるでしょう。

仏教ではこのようにはじめの一歩を踏み出すことを「発菩提心」と呼びます。
仏教は宗教ですから、その最終目標は「悟り」であったり「涅槃」であったり宗教的な概念になりますが、
そこに至るための最初の一歩が菩提心を起こすこと、つまり「悟りたいと思う心」になるのです。

この「フロー体験 喜びの現象学」は学術書、もしくは実用書ですから、
悟るためにやるのではなく「人生の幸福を主体的に感じていく」ための方法について語りますが、
その大前提が「自分の意識を社会に統制させるのではなく、自らの意志によって統制していこうという決意」です。

これの意味が完全にわかっている人は、この先読まなくても構わないかもしれません。
しかし日本人であるわたしは、日本という国がこうしたことを社会的文化的にやりにくい環境であることをよく知っています。

読み進めれば皆さんにもきっと新しい発見があるはずです。

 

7)P27:なぜ、幸福が人類の永遠のテーマなのか?

没入するために行うこと(行為)は、
-時代によって社会的に悪とされたり、ひるがえって善とされたり一定しないものである。
-そして何よりそれは個人的なことでもある。

したがって過去何千年にもわたり、人間の幸福とは、という問いに対して
「これをやれば幸福を感じられますよ」ということは
どの古典的名著にも書かれてきませんでした。

書かれていたとすれば、
それは時代が下れば価値を失い、再現性がなく、
一時の気休めだったにすぎません。

我々自らが見つけなければいけないものですし、
ほかのだれかに見つけてもらえる性質のものではありません。
ほかのだれかに与えられた途端、それは「社会的なもの」であり、
自分自身のものではないのです。

 

 

ここまで長々と引用しましたが、
本の骨子としてはこういうことです。

-フロー体験に入ることが多ければそれだけ人生の生きがいとなる。
-社会的に期待されている役割をこなすだけではフロー体験には入りにくい。
-フロー体験は自らの意思を統率することによって再現できる
-そしてそれは自らの意志を持って自らの手で見つけていくものである

ということです。

 

主張は、明快ですね。

しかし、いったいどんな風にそれをやっていくのか。
それを知るには、長い旅になりそうですが、
「人生上向く」ためなら、それくらいの道のりを歩んで当然かもしれません。

これをやればいい、というマニュアルはない、とすでに本も言っています。
この本が代わりに、どうすればいいかを示してくれるというのです。

グーグルで探せばすぐに出てくるし
マニュアル物があふれる現代ですから、
自分のアタマで考え、自分でやってみる、ということを我々はどんどん忘れ始めています。

そんなことを思い返しながら、
後はその方法を学び
自ら「やってみる」、これしかありませんね。

「フロー体験 喜びの現象学」からの学びについては、次回の記事にまとめたいと思います。


 - 読書録