元ジェットの 旅行記

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タイのスーツ仕立て屋にはなぜインド人が多いのか?

      2016/12/24

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バンコクのスーツやさんでよく見かける浅黒い肌の彼らの正体。実は?!





wetency

よくナナのあたりを歩いていると
スーツの仕立て屋さんがいっぱいありますね。

どこに入っても、おそらくスタンダードな生地では
6000バーツくらいからオーダーメードのスーツを仕立てることができます。
生地によっては、4000バーツでできてしまうこともあります。

6000バーツって言ったら、今のレートで18000円くらいですね。
この値段で自分の体系にぴったり合ったスーツが作れちゃうんだから
びっくりです。

このタイのバンコクのスーツ仕立て屋さん、
ほとんどの場合インド人のような人たちが経営していて
最初は胡散臭くて近寄る気になりませんでしたが
一回作ってみたところ、やっぱりオーダーメードのスーツは着心地が違う。

すっかりはまってしまい、
3着くらい持っています。

スーツだけじゃなく、
ワイシャツも作れます。

わたしはカフスボタンのものが好きなので
よく作ります。
1着1,000~1,200バーツです。

安いですね。
3,500円程度です。

ところで、
一体なんでそろいもそろって
インド人が経営しているのでしょうか?

このまえ、生地を選ぼうとふらふらナナのソイ11のあたりで
何軒かスーツやさんの店主と話をしたりしていたら
その理由がわかってきました。

えっ?!インド人じゃない?!

インド人に見える、タイのバンコクのスーツやさん。
実は彼らのほとんどはネパール人なんです。
確かにそういわれると、ド・インド系の顔立ちではなく
山岳民族の血筋が混じったような顔立ちに見えてきます。

で、一体なんでネパール人がタイで働いているのでしょうか?

これには面白い歴史が隠れていました。

話は、第二次世界大戦までさかのぼります。

 

 

ネパール人がタイで働く?その歴史の妙

 

日本が第二次世界大戦を開戦をしてすぐに、怒涛の勢いで
インドシナ半島を占領しました。

日本は当時日中戦争をも行っていて
日本に反抗する蒋介石の国民党軍との戦闘に頭を悩ませていました。
ゲリラ戦の様相を呈し
非常に消耗していたのです。

日本の喫緊の課題は
この蒋介石の軍隊をつぶすことでした。

蒋介石の軍隊は
日本と敵対関係にあったイギリスから手厚い援助を受けていました。
武器や食料などがイギリスの領土である
インド、ビルマから大量に鉄道輸送されていたのです。

日本は破竹の勢いだったため、タイを占領したときに
次はビルマだ、ということでビルマへの輸送路を
建設することにしました。

シンガポールのマラッカ海峡を通って
ビルマのヤンゴンまで船で輸送するルートは
シーレーンが膨大に広く
いつ何時カルカッタに駐留するイギリスの艦船に攻撃されるかわかったものではなく非現実的なものでした。

だったら、陸上輸送路を整備しよう、
ということで建設を始めたのが泰緬鉄道です。

船上にかかる橋、で有名なあの線路ですね。

これを使ってビルマ方面に兵隊と物資を送り込みまくり、
ほどなくしてビルマも日本の占領下に落ちました。

しかしイギリスは航空機を飛ばして
日本の輸送路にダメージを与えようと
爆撃を繰り返し日本軍はこれに悩まされていました。

日本軍の航空機部隊は
中国戦線に張り付き状態ですし、
ソロモン諸島のガダルカナル島を皮切りに
アメリカ軍の反撃が始まったため
インドシナ半島にいた航空戦力は
どんどん南方(太平洋戦線)に転用されて行ってしまい
ビルマ方面では航空戦力はほぼゼロの状態でイギリスの空爆を防げませんでした。

そこで当時のビルマ方面の司令官だった牟田口廉也中将は、
「だったらイギリス軍の航空拠点を攻め落とせばよい」と考えつき、
日本陸軍10万名を動員してイギリスの航空拠点であるインパールという町に攻め込む計画を立てました。

日本軍が大量の牛などの家畜を集約しているのを
空爆の帰りにみたり偵察などで察知していたイギリスは
この計画を知り、防衛のための作戦を練り始めます。

兵力をインド極東部、ビルマ国境付近に集め
航空拠点であるインパールを防衛する準備を固めていきました。

そのときに大量に徴用されたのがネパール人だったのです。
特にネパールのグルカ族と呼ばれる山岳民族は
足腰が強靭で肺活量も大きくとにかくタフだったそうです。
おまけに、勇猛果敢な性格の人が多く
武勲をたたえるためにイギリスから勲章を授かったのも
グルカ族出身の兵士が多かったそうです。

なんでも、日本軍と数十メートル先に対峙して塹壕のなかに放り込まれた手りゅう弾を素手でつかんで投げ返す、のようなことができる根性を持った民族だったそうです。

インパールを巡る攻防は日本軍の無計画な作戦により失敗に終わり、
5万名の日本陸軍兵士が死傷し惨敗しました。

そして、このとき徴用されたグルカ族をはじめとするネパール出身の人々
現ミャンマー領土内に残ることになったのです。

そして、2世、3世はミャンマーで生まれます。
すると国籍はミャンマー人となります。
ネパール系ビルマ人、というわけです。

そしてミャンマーはASEAN加盟国であり、
ミャンマー国籍のものにはタイでの労働が許可されています。

そんなこんなでネパール系ミャンマー人がタイのスーツ屋さんで働いているのです。

 

 

えっ!?インド人でもネパール人でもない!?

じつは、
ナナをはじめとするバンコクのスーツやさんのあのインド人は、
インド人ではなくネパール人、
しかしネパール系なだけであって実はミャンマー人
という複雑な歴史が織りなすそれこそ、歴史の妙!だったのです!!

 

ネパール人といえば、スーツ文化が浸透していて
結婚式などでは正装はスーツ、とされています。
どんな山奥の田舎で自給自足しているような人たちでも
晴れの席ではスーツを着こなしています。
その様子はわたしの旅行記でも見ていただけます。(文末参照)

 

そんなスーツ文化の根付いたネパール人が
歴史の妙によってミャンマー国籍となり
タイに出稼ぎに来ていたのです!

 

 

歴史の陰で虐げられる人々

 

いやはや。。

面白いですね。

そのようにしてタイでかっこよくスーツを着こなすネパール系ミャンマー人の仕立て屋さんたちですが
かたや彼らとは正反対に、同じく歴史の妙によってひどい目にあわされている人々がいることも忘れてはなりません。

ロヒンジャーですね。

かれらはもともと現バングラデッシュにすむイスラム系の民族でしたが、
イギリス統治の政策により現在のビルマ領に移住させられてきました。(イギリスって本当に腐った国ですね)
ところが大戦後、インドとビルマの国境が引かれた際に
彼らロヒンギャはビルマ領内に残ってしまったのです。
その数約100万人といわれています。

 

仏教国であるビルマ、
さらに社会主義でほとんど独裁政権のような統治の続いたビルマ。
そこにイスラム教は全くかみ合いません。

 

宗教観、民族間の憎悪をあおられ小競り合いに発展したりして、
とうとうビルマの軍事政権は民族浄化といえるような暴挙に出ました。
彼らの住むエリアを封鎖し、
一切の物資と人の行き来を武力で阻止しだしたのです。

 

封鎖された彼らの居住エリアでは農作物の栽培が禁止されたり
官憲が横暴を働いたり
封鎖されたコミュニティの中に組織的に麻薬を放り込まれたりして人々の生活と社会そのものがズタズタになっていきます。

たまらず、沿岸部に住んでいた彼らはビルマの領土から当てもなく逃げ出して
ボートピープルとなってしまったのです。

同じイスラム教国のバングラデシュでは入国を拒否され、
タイ南部やマレーシア、インドネシアに漂流したロヒンギャは人身売買の対象となり不当に労役に従事させられ奴隷のように扱われあげくは集団虐殺されてしまうという、まったく現代社会ではありえないことが平気で起こってしまっています。

わたしたちに何がすぐできるかといったらそんなものは限られているかもしれませんが、
せめてナナの界隈をウハウハ顔で鼻の下伸ばしながらうろつくだけでなく、
タイのスーツの仕立て屋さんからそんな世の中の暗部も知っておきたいものだな、と思いました。

合掌

 

 

 

スーツを着こなすネパール人について: ネパールの結婚式に参加してみた

太平洋戦争 日本軍がタイ・ミャンマー・インドまで行ったその経緯




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