元ジェットの 旅行記

見たことないものを見る、やったことないことをやる、行ったことないところへ行ってみる!とにかく当たって砕けろ!で毎日が探検!RPGの人公になったつもりで未体験ゾーンを開拓していきます♪

タイのトイレ 続

      2016/12/24

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

タイのトイレ 面白注意書き

またまたトイレの話です。

これはパーキングエリアの洋式トイレ。
タイのトイレではマトモな部類に入ります。

WM-20160618_131012-t

入ってすぐ目についたのが、
この「便座の上に乗るな」のマークです。WM-20160618_131008-t

 

なんでわざわざそんな姿勢で用を足さなきゃいけないんだ?
と思いますが、

なんとなく想像がつかないわけでもありません。

タイのトイレにはウォシュレットというものは普及しておらず
写真のシャワーホースで尻を洗うわけです。

そうすると便座が水浸しになるわけですね。

それを不衛生に思って、
中には便座の上に座って破損させてしまう人がいるようです。

それを戒めるためにこの掲示があるんですね

個人的には、便座なんか使う前に洗えばいいじゃないか
と思うんですが。

あんまり気にしすぎるのは良くないと思います。
気にしすぎて逆に自分を縛り付けることになったら、
何をやっても楽しめません。

汚いもきれいも、自分の認識。そしてそれが自分の人生そのもの

これはこうでだめだ、
あれはああで嫌だ、
そんな文句ばっかり言っていたら人生つまらなくなります。

人生を楽しく生きるコツはなるべく不満を持たないこと、
不満があればそれを避けるのではなく
それをうまくコントロールしていくことが大切だと思います。

不平不満は執着から生まれる

日本では古来から一切即一とか一念三千というように、
すべてのものは一つの事象の中にこもっているという概念があったんですが
どうも難しくて理解されないようですね。

「きれい」という概念があれば、
「汚い」という概念も潜在的には同時に存在しています。

きれいなもの、汚いものというのはその対になるものがあって初めて定義されるものです。
きれいなものしかなければそのうちそのきれいなものにばかり触れていても
何とも思わなくなるでしょうし、
汚いものばかりに触れていればそのうちきれいなものがなんだか忘れてしまいます。

きれいも汚いも、お互いを補完しあって初めて存在しているわけです。
どちらか一方しかいらない、もしくはどちらか一方に固執・執着すると、
もともと存在しているものを否定することになりこれは矛盾をきたします。

人間の感情でいえばそれは煩悩、もしくは無明といえます。
煩悩は旨くコントロールしましょうね、
自分が無知であることを知りましょうね、
とお釈迦さまは2500年も前に言ったのにわれわれはそれをいまだに忘れてしまうわけです。
それだけ煩悩、無明の闇は深いのですね。

お釈迦様の結論はいたって簡単です。

どっちかに偏らずに、
どっちの存在も踏まえたうえで、
ちょうどよい真ん中を生きましょうね、
ということです。

これは中道と呼ばれますが、
また別の機会にゆっくり書きたいと思います。

 

 

そんなわけでタイのトイレ続でした。
トイレ、そんなところからも自分の感情を見つめ
内省しそれを見直すことができるんですね。

 

 

人生日々修業とはそういうことなんですね。


 - 日記 ,